平成28年熊本地震と益城町のひな壇造成地

2016年5月2日

 

平成28年4月14日から16日にかけて熊本県を中心に九州地方を襲った地震は「平成28年熊本」と命名され,熊本県を中心に大規模な被害が発生しました。

5月1日現在も多くの方が避難所での生活を強いられているのは,皆様もご存じのとおりです。改めてこの度の震災でお亡くなりになられた方々の御冥福をお祈りし,御家族の皆様にお悔やみを申し上げたいと思います。また,全ての被災者の皆様に心よりお見舞いを申し上げます。

活断層の活動状況や土砂災害・建物の被害などについては,各団体が精力的に調査を行っていますが,宅地地盤の観点からも被災状況を確認する必要があると考えて,4月23日に半日程度ではあるが現地調査に行きました。調査範囲も精度も不十分なものではありますが,今後現地で調査を行う際の一助になればと考えて,速報を公開します。

 

益城町周辺の被災状況

熊本空港のターミナルビルが被害を受けているため,熊本空港発着便は減便となっていた。熊本空港に着く1時間くらい前から,空港では使えるトイレが少ないため,出来るだけ機内で済ませるようにとのアナウンスが繰り返されました。熊本空港のターミナルは,益城町に所在しています。

益城町は木山川沿いの低地と,その両岸に広がる丘陵地に広がっています。右岸側の丘陵地に位置する空港から益城町の中心部へ向けて南下すると,すぐに見慣れない光景が視界に入ってきます。のり面の崩壊や倒れた墓石などは,地震災害の現場ではよく目にしますが,写真1・2のように,間知ブロックの擁壁が裏込めコンクリートごと叩き壊されたように崩れているのは初めて見る現象です。見たところ,盛土の崩落による土圧で破壊されているのではなく,加速度によって擁壁が直接壊されたように見受けられます。

丘陵地から低地へ下る道は,緊急工事で復旧した跡が見えます(写真3)。この道は益城町の最大の避難所である総合体育館へのアクセス道路であるため,優先度が高く,開通を急いだ様子が見受けられます。低地に降りると一面に田んぼが広がり,もともと家屋は存在していません。堤防や畔には写真4のような液状化の痕跡が点在しています。

益城町の役場がある市街地へは車で入るルートが見つからないため,丘陵地の縁に沿って右岸側を上流へと向かいました。ある程度の高さのある擁壁は,ほとんどが損傷しているように見受けられました。家屋は,屋根のブルーシートを除くとほとんど損傷のないように見える建物もありますが,写真8のように比較的新しいのに全壊している建物も有ります。また,土壁の納屋や倉は大半が損傷を受けているように見えました。

木山川を越える橋は,橋台で段差が生じて通行できない箇所が多く,なんとか通れる橋を探して,断層露頭を確認しながら左岸側にわたり,やはり丘陵沿いに広がる集落を通りながら下流へ向かいました。外観からは,右岸側に比べて被害が少ないような印象です。断層の露頭には左岸側の方が近いのですが,損傷のない練石積みや建物も存在します。ただし,無事な擁壁の隣の擁壁が崩れていることもあり,施工の違いで差が出ているのかもしれません。また,土壁の建物の被害は左岸側でもやはり目立ちました。

 

災害の様子を振り返って

今回は時間が限られた中,益城町中心部や西原村など最も被害の大きかった地域は,車のルートが見つからずに調査を断念しています。調査としては精度も包括性もありませんが,感覚的には被害の傾向はつかめたように思います。

液状化の痕跡はいたる所で確認できました。都市近傍の地震では,やはり液状化によるダメージは大きいと再確認させられました。また,宅地地盤の被害という点では,益城町が突出していたのは明らかです。震源に近く,緩斜面に集落が広がるため,ひな壇造成の弱点が露わになったのではないでしょうか。ただし,震度7クラスの揺れを複数回経験したことを考えると,現在の設計の想定からすれば限界を超えてしまったとも考えられます。住宅性能表示には耐震等級が設けられていますが,それを支える宅地地盤には耐震等級は存在していません。東日本大震災以降,水道管などのインフラも耐震性を考慮して更新されているところも多いのですが,家屋やインフラが地震に耐えても,宅地地盤が壊れてしまっては元も子もありません。従来の宅地の地震対策の妥当性やハード対策の限界についても改めて考える必要を感じました。

最後になりましたが,今回の調査にご協力いただいた,株式会社環境地質の社員で熊本市出身の柚原氏ならびに親族の方々に感謝いたします。